野桑の里スタッフブログ

高嶺福祉会の『野桑の里』の日々の活動の様子をご紹介しています。

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看取り介護について

野桑の里での「看取り介護」についてご紹介させていただきます。
皆様、「看取り介護」と聞いてどう感じられるでしょうか?「悲しい」とか「お別れ」「死」といったイメージを持たれるでしょうか。
野桑の里での「看取り介護」とは、『ご本人がいかに自分らしく生き切るかをサポートし、ご本人が死を迎えたあとも生き続けることが出来る支援』と考えています。

当初はこれを施設スタッフだけで行おうとしていました。しかし、終末期を「その人らしく生き切る」ためには、その人の人生を一緒にかたち作ってきた人たち、つまり兄弟や家族、親族などが、看取り介護に参加していなければ全く成立しないことに気が付きました。
また、人間には必ず死が訪れます。そうであれば、恐れ怯えるのではなく建設的に受け止めることが大切ではないでしょうか。そのひとつの方法として、旅逝くその人を「記憶の中に留めること」。それがその人の生きた証となり、姿はなくてもこの世に生き続けることが出来れば素敵ではないかと考えます。

確実に死を間近にした人の人生をかたち作ってきたご家族と共に、その人が自分らしく生き切る姿を見ながらそばに寄り添い、その人の体が召されたあとも生きた証をご家族や施設スタッフの記憶に留め、その記憶を糧にしっかりと生きていく。

ですからご家族との最後の挨拶は「ありがとう」だけではなく「よかったですね」と交し合えることが出来ればいいなと思っています。
もちろん、今はまだまだ未熟ですが、いつかそんな支援が出来るよう頑張っていきますので、是非皆様のご協力を賜りたいと思います。

外部研修

今、プライベートで通っているマッサージのお店があります。
私は自分で言うのもなんですが、何の文句も言わない「いいお客さん」として通っています。そのお店の常連さんの中にいつも何かしら文句を言っている「難しいお客さん」がいます。
「難しいお客さん」が来るとスタッフさんに緊張感が走ります。バスローブの準備、タオルのかけ方、温度設定など、文句が出ないように細心の注意を払い、また愛想のよい言葉を掛けて対応します。
しかし「いいお客さん」の私は、そのお客さんが最善の対応を受けている間、タオルがずれていても直して貰えず、温度設定もこまめに調節して貰えずの対応です。
そんな時、自分の入居者様への対応はどうだろうかと考えます。
おとなしい入居者様やご家族の気持ちを考えたり、聞こうとしたりしているだろうか。
職員に迷惑を掛けないように「いいですよ、大丈夫ですよ」と言いながら、粗雑な対応に傷ついている人を作ってはいないだろうか・・・。
そんなことを考えながら受けるマッサージ。私にとっては高い授業料の研修です。

最近、私は新しく出会った二人の若者に学ぶことがありました。
二人とも、とても礼儀正しくて明るく、好感が持てる人たちなのですが、なぜそう居られるのかを知りたくて、いろいろ話をしました。
二人に共通しているのは、「人を笑顔にすることが自分の喜び」と考え「どのように人を喜ばせたいか」を知っているということです。
喜ばす術とは自分の強みと置き換えられると思いますが、その強みに磨きをかけるため、日々努力している内容を楽しげに話をしてくれます。
聞きながら「若いから出来るんだよな~」と考えていると、「夢は何ですか?」と質問されてハッとしました。「夢」は持っているけどそれを実現するための努力を、いろんな言い訳を探しておろそかにしたり、変な欲に縛られて見失っている自分にドキッとしました(笑)

将来自分は「どんな自分になりたいのか」。
それが定まっているからこそ、きっと色んな大変なこともあったと思うのに、今こんなに明るく前向きに語り、私を幸せな気持ちにしてくれる。

この出会いを私の新たな出発点にして、この二人に幸せのお返しをしたいなぁ~と思っています。

気の流れ

今年はプロ野球のテレビ観戦にはまっています。
是非球場で観戦してみたいと思いながら、テレビの前でビール片手にプレーや判定に存分に一喜一憂することが現在のストレス発散法です。

先日、元巨人軍の桑田氏が試合解説で出ていました。あまり好きなタイプではないので、解説するたびに「ふんっ」って感じで聞いていたのですが、「おぉ~!!」と思うコメントがひとつありました。

巨人のピッチャーがチャンスのバッターボックスで覇気のないバッティングでアウトになったとき。
「プロとして、チームの勝敗を左右するこの場面で、自分の体力を案じて全力投球のプレーが出来ないのなら一軍の選手としてプレーする資格はない!」とコメントされていました。
複数人で何かを成し遂げようとするとき、どんなに自分が苦しい時でも、絶対に弱音を吐いてはいけない場面というのはあると私は思っています。
生命体が複数集まると「気の流れ」によって、自分たちの意思ではコントロールできない何かに左右される場面があります。
その「気の流れ」を感じ意識しながら、自分がその流れを滞らせないという責任感を持つことが出来る集団が、達成感や感動を他者に与えたり、実感したりすることができるのかもしれません。

苦手な人が好感が持てる人に変わった瞬間。何となく感謝です。

選択理論とは

野桑の里では毎月一回リーダー研修があります。

今年度は一つのお題目についてみんなで意見を出し合うディスカッション形式で行っています。先月の研修議事録を読みながら考えたこと・・・「上質世界」とは。

先月の研修のお題目は「選択理論について」でした。

選択理論とは、私の解釈では「ひとりひとり価値観が異なるという性質をもつ人間という生物が、感情の縄張り争いをせず、お互いの感情や思想を大切にしながら平和に共存できる方法」です。(←違うかな・・・)

そのための具体的な方法は「セルフコントロール」と「相手の上質世界に入ること」です。セルフコントロールはよく耳にしますが、「上質世界」とは何ぞや。

「上質世界」とは、人間が自分にとって気分の良いものや心地よいものをストックしておく脳の中の特別室・・・らしいです。

ざっくり言うなら「好きという感情を呼び起こす条件」。自分が相手の「好きという感情を呼び起こす条件」を満たしていれば争いは起きにくいということです。

例えば「1+1=2ですよ」と好きな相手から言われれば「うんうんそうだよね~」ですが、嫌いな相手から言われると「そんなの当然!馬鹿にしてる」と腹が立つ。

同じことを言われても「上質世界に入っているか入っていないか」で結果は大きく異なります。違った価値観を相手に受け入れて貰いたいときにはそこが大きなカギを握ることになるわけです。生活している中で、こういった場面って多いですよね。

でも、相手の上質世界に入るために自分がカメレオンになるのは不自然だよな~と考えていた時に、「AKB総選挙」がありました。

今年センターの座を射止めたのはさしこでした。ここに私の答えがありました。

前年は選挙後にスキャンダルで博多へ左遷?されたのに、今年は同じスキャンダルで処分をうけた峯岸みなみや1位大本命の大島やまゆゆを抑え、沢山の票を獲得したのはなぜか。

私の中では彼女の「逆境に立たされたときの明るさと前向きさ」が共感を得たのだと思います。この共感こそが万人共通の「上質世界」だ!!と確信しました。でも本人は「去年は人が信じられなくて怖かった」とスピーチしていました。それでも彼女なりに明るく振舞って頑張ってきたんだな~と思うと、少し感動しました。

人間は一人では生きていけないことを謙虚に受け止め、逆境に立たされた時こそ周囲を恨まず自分に出来ることを前向きに行う。そうすればきっと沢山の人の助けを借りることが出来るし、自分の姿を見て元気付けられる人がいるかもしれない・・・。

現在の私は仕事もプライベートも逆境だらけ(?)ですが、これを信じて時々頑張っていこうと思っています。

来年の総選挙はどうなるんだろ~楽しみです^^

自立支援

先日、入居のM様がご家族の待つ自宅に一時帰宅しました。

入居して半年、ずっと念願だった帰宅が叶うと知った2日間は人が変わったようでした。

普段はこわぁ~い顔で車いすをこぎながら、気に入らないことがあると握りしめたグーと叫びで応戦されます。最近の暑さも手伝って、食事が進まず体力が落ちてきても、食事や点滴の誘いもM様の返事は「グー」・・・。ベッドの上で横になりながら、不機嫌そうな声でスタッフを呼ぶ毎日。このままではM様の怒り顔しか知らずにお別れの時がくるかも・・・それはイヤだ!!

すぐにスタッフが思いついたのが、何かの度に「家に帰りたい」「仏壇に参りたい」と言っていた言葉でした。今まで周辺の都合がつかず、やや諦めかけていた一時帰宅。今回は沢山の協力を得て実現できることとなりました。

ここからはユニットスタッフ談。

それを知ったM様。「ほんまか!!」と嬉しそうな顔をされ、食事は残さず食べるし、スタッフにも今まで「グー」しか向けたことがなかったのに、ご自分から「パー」の手を差し出し握手をするのです。出発の時にはニコニコ笑顔で胸をナデナデ。テーマパークに行く子供の様にワクワクした緊張感を包み隠さず見せておられました。

自宅には家族はもちろん、遠くの息子さんや親戚の方々が出迎えてくださりました。それに応えるかのように、いつもは体力低下でベッドで横になっておられるのに、この時ばかりはリクライニングを倒そうともせず過ごされました。

それを聞いて「感情があるから人間なんだよな~」。やっぱり感情は生きる源なのですよね。そこに私たちの使命である「自立支援」があるし、そこにしかないのだと思いました。

ほんの少しの時間でしたが、この時間のためにM様は自分なりに準備をされたのです。体力が持つよう食事をとり、みんなの協力を得られるよう握手をし、笑顔を振りまいて自分が生涯かけて大切にしているのは「家族」なんだと私たちに伝えてくださったのでしょう。

心が弾まないと身体も弾まない。

M様が身をもって教えてくれた大切なことです。